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NRF3プロテアソームによる発がん機構の解明と治療法の創出

転写因子NRF3によるストレス応答とその破綻による発がん機構

 これまで私たちはストレス応答に関わる転写因子群 CNCファミリーに着目し(図1)、生理機能とその破綻によるヒト疾患発症について調べてきました。現在は、同ファミリーに属する転写因子NRF3やNRF1を中心に解析しています。NRF3は、私たちが世界に先駆けて発見した転写因子です(Kobayashi A. (1999) J Biol Chem)。

 まず私たちは、NRF3は大腸がんをはじめとする様々ながん組織において高発現していることを発見しました(図2)。さらに近年のがんゲノムデータベースでは、NRF3高発現型のがんは予後不良になること、またNRF3は様々ながん種において高頻度に変異を受ける127遺伝子の1つであること(Kandoh C. (2013) Nature)も示されています。これら結果は、NRF3ががん悪性化において重要な機能を持っていることを強く示唆します。

図1 ストレス応答に関わる転写因子群 CNCファミリー
The Cancer Genome Atlas (TCGA) 
図2 NRF3が高発現するがんは予後不良となる

NRF3はがん遺伝子としての生理機能をもつ

 がん細胞におけるNRF3の生理機能について調べました。大変興味深いことに、ヒト大腸がん由来HCT116細胞においてNRF3をノックダウンさせると、細胞増殖が著しく低下することがわかりました(図3左)。さらにNRF3低発現型のヒト肺がん由来H1299細胞にNRF3を過剰発現させると、免疫不全マウス移植実験系で腫瘍形成が促進しました(図3右)。以上の結果は、NRF3ががん細胞の増殖性を活性化していること、さらにはNRF3ががん治療の新たなターゲットになる可能性をもつことを意味します。この発見について、現在、国際特許申請しています(PCT/JP2017/010445)。

図3  NRF3はがん細胞の増殖性を活性化している 

NRF3は20Sプロテアソーム活性化を介してがん抑制遺伝子p53を抑制する

 次にNRF3によるがん細胞の増殖活性化メカニズムについて解析しました。その結果、NRF3はタンパク質分解酵素である20Sプロテアソームを活性化することを発見しました(Waku T. unpublished observation)。図4は、H1299細胞でNRF3を高発現させると20Sプロテアソームが特異的に活性化していることを示しています。プロテアソームはユビキチン化タンパク質を分解する26S複合体が有名ですが、20S複合体はユビキチン非依存的にある種のタンパク質、例えばがん抑制遺伝子p53をタンパク質分解することが知られています(Ben-Nissan & Sharon (2014) Biomolecules)。そこでHCT116細胞においてNRF3をノックダウンするとp53タンパク質が核に蓄積しました。さらにp53欠損のHCT116細胞では、NRF3をノックダウンしても細胞増殖の低下がまったく見られませんでした(図3中央)。つまりNRF3は20Sプロテアソームを活性化することで、p53タンパク質を分解し、そのがん抑制作用を解除している可能性が考えられます(図5)。

図4 NRF3は 20S プロテアソーム活性を誘導する
図5 NRF3が制御する遺伝子発現カスケードによる新たな発がん機構

タンパク質切断酵素DDI2によるNRF3活性化(核移行)メカニズム

 NRF3の活性制御メカニズムについては、NRF3が小胞体に留められて核移行が阻害されていることを英国ダンディ大学 John Hayes先生との共同研究で明らかにしています(Zhang Y. (2009) J Biol Chem)。それではがん細胞では、NRF3はどのように核へ移行しているのでしょうか?この問題に対して、私たちは関連因子NRF1に関する最近の知見(Koizumi S. (2016) eLife)をもとに、NRF3がタンパク質切断酵素DDI2により切断されることで、小胞体から核へ移行することを発見しました(図6,  AM Chowdhury A M. (2017) Sci Rep)。

図6 DDI2によるタンパク質切断によるNRF3活性化

抗がん剤へのAIDS治療薬のドラッグリポジショニング

 これまでの研究から私たちは、NRF3ノックダウンはがん細胞の増殖性を低下すること、そしてNRF3の活性化(核移行)はDDI2が制御していることを解明しました。ここで1つの魅力的なアイデアが浮かびます。すなわちDDI2阻害剤は、NRF3の機能阻害するため抗がん剤になるのではないか?というアイデアです。興味深いこととして、DDI2阻害剤としてAIDS治療薬であるHIVプロテアーゼ阻害剤が奏功する可能性があります。なぜなら、DDI2はHIVプロテアーゼと類似構造をもつアスパラギン酸プロテアーゼだからです(図7)。つまりAIDS治療薬は、DDI2を介してNRF3を抑制する抗がん剤になるかもしれません。これは、AIDS治療薬を抗がん剤として用いるドラッグリポジショニング(既存薬再開発)にあたります。現在このアイデアが実現可能か、詳細に検討しています。

図7   AIDS治療薬はDDI2-NRF3システムを阻害する抗がん剤になるか? 

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