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神経変性疾患とプロテアソームによるタンパク質品質管理機構

神経特異的Nrf1ノックアウトマウスはヒト神経変性疾患のモデルマウスになる

 アルツハイマー病やパーキンソン病に代表される神経変性疾患の特徴は、ニューロンに変性タンパク質が蓄積する神経変性をひき起こす点にあります。本 研究室では、転写因子Nrf1 (NFE2L1)の神経特異的ノックアウトマウスが神経変性疾患のモデルマウスになることを明らかにしました(図1、Genes Cells (2011))。同ノックアウトマウスは、小脳プルキンエ細胞や脊髄の運動ニューロンにユビキチン化タンパク質が蓄積し運動失調を示します。したがって同 マウスにおける変性タンパク質の蓄積メカニズムの解明は、ヒト神経変性疾患の発症機構の理解と新規治療法の創出につながることが期待されます。

       図1 神経特異的Nrf1ノックアウトマウスが示す神経変性

 

Nrf1はプロテアソーム遺伝子を誘導することでタンパク質品質管理に努める
 ー プロテアソームリカバリー経路 ー

 それでは、なぜNrf1遺伝子の欠失が神経変性疾患を引きおこすのでしょうか?その答えの1つとして、最近Nrf1はタンパク質分解酵素プロテアソームの遺伝子発現を制御していることがわかりました。プロテアソームはおよそ33個のサブユニットから構成される巨大タンパク質複合体であり、細胞内で不要になったタンパク質を分解します。つまりプロテアソームの発現低下は、細胞内にタンパク質が蓄積してしまいます。プ ロテアソーム遺伝子の発現はダイナミックに制御されていることが明らかにされています。たとえばプロテアソームが阻害された場合、その活性低下をおぎなう ようにプロテアソーム遺伝子が誘導されます。この適応反応は、『プロテアソームリカバリー』(図2)とよばれています。このプロテアソームリカバリーを調 節しているのが、Nrf1です。図3のヒートマップは、Nrf1がこ れら一群のプロテアソームサブユニット遺伝子を統一的に誘導していることを示すリアルタイムPCRデータです。以上のことから、Nrf1をノックアウトし たニューロンでは、プロテアソームリカバリー経路が起こらないため、変性タンパク質が蓄積するという仮説が立てられ、現在さらに詳細に解析しています。

   図2  プロテアソームリカバリー経路    図3  Nrf1によるプロテアソームリカバリー

 

Nrf1の活性自体も、タンパク質分解機構により制御されている

  それではNrf1タンパク質自体は、どのような活性制御を受けているのでしょうか?Nrf1は通常小胞体にアンカーされ核移行が阻害されていることから、 その活性は抑制されています。このことは、Nrf1を核移行させるシグナルあるいはストレスが存在し、それに応答してNrf1はプロテアソームをはじめと する様々な遺伝子の発現を介して神経細胞の恒常性維持に努めていると考えられます(図4)。私たちは、最近さ らなるNrf1制御機構として、Nrf1は細胞質と核において2つの異なるタンパク質分解機構により抑制されていることを見出しました(Tsuchiya & Morita et al. (2011) Mol. Cell Biol.)。具体的には、細胞質では小胞体関連タンパク質分解(ERAD)に関わるHrd1ユビキチン結合酵素が、核ではβ-TrCP-Cul1型ユビ キチン結合酵素がNrf1をユビキチン化してすみやかにタンパク質分解しています。今後、これらの抑制機構からのNrf1活性化機構と活性化シグナルの同定が、重要問題として残っています。

        図4 タンパク質分解機構によるNrf1の活性制御

 

 

 

神経変性疾患の研究から、ガン化学療法開発への展開
 ー Nrf1阻害剤は、抗ガン剤グリベックの作用を高めるか? ー   

  意外なことに、Nrf1と神経変性疾患の研究はガン化学療法の開発につながりつつあります。慢性骨髄性白血病 (CML)に対する抗がん剤グリベック(イマニチブ)は、プロテアソーム阻害剤です。グリベックの作用メカニズムは、プ ロテアソーム活性を阻害し、たとえば抗細胞死作用をもつNFkBを抑制することでCML細胞を細胞死させます。ここでグリベックによるプロテアソーム阻害 時に、Nrf1がプロテアソームリカバリー経路を活性化しプロテアソーム活性の維持に努めてしまいます。つまりNrf1はグリベック耐性をもたらしてしま うわけです。したがってNrf1阻害物質のスクリーニングは、グリベックの抗がん作用を高める創薬につながると考えられます。

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